ツンギレ4

「おおおおお、楽しみになってきたぞ」
「何で初日からあんな目に遭っといてそれが言えるんだ」
「馬鹿言うなよ! 学校も一目置く優等生が実は、ってまるで漫画の世界じゃんか」
「俺は平穏な学園生活でいい」
「何だよつれねーなー」
「いい加減懲りてんだとは思わないのか?」
「何に?」
「……なんでもない」

 何を言っても無駄、という言葉が実に良く似合う。
 どうのこうの言ってみたところで仕方がないのだ。
 だから、とりあえず後頭部をはたいておく。
「おま、その手の速さ治せよなー」
 誰のせいでこうなったと思ってる。
 昇降口から出ると、サッカー部の練習風景に出くわした。正門がグラウンドの向こうにあるというのは一体どういう嫌がらせなんだろうか。下校の際にいちいち迂回しなければならないのは、面倒なことこの上ない。
「そういや正、何か部活入んのか?」
「特に考えてないな。多分追いつくので一杯一杯になるだろうから」
「なんだよー、俺と一緒にエンジョイしようぜ?」
「お前みたいな頭があればな」
 思わずため息が漏れた。
 そう、俊喜はバカだが頭はいい。多分入試でも相当いい点を取っているだろう。ついでに言えば教えるのも上手く、俺がここに入れたのもこいつの力によるところが大きい。本当のところでは感謝に感謝を重ねてしかるべきところなんだが、
「おい見ろよ、マネージャー可愛いぞ」
 人間として、すがすがしいほど尊敬できる点がない。
「本当、そういう目の速さだけは感心するわ」
「褒められたって別に遠慮はしねえぜ?」
「褒めてねえよ」
 グラウンドの両脇には桜が植えられている。暖冬だったせいか入学式当日にはもうだいぶ葉が目立っており、何というか「あ、ようやく来たの?」と桜に言われているような気分になってくる。そういえばこの辺りの桜には毛虫がたくさん棲みついていた。たぶんここの桜も事情はそう変わらないだろう。これは慣れる前に毛虫騒動に巻き込まれることになりそうだな、妙に陰鬱な気分になってきた。
 くそ、何で初日からこんな素敵な将来図描かなきゃいけねえんだ。
「そういや山岡先生美人だったな。28歳だってよ」
「おま、何でもうそんな情報」
「俺の情報網馬鹿にすんなよ? 血液型A、身長170cm、体重50kg、元女子サッカー選手。今はその時の経験を活かしサッカー部顧問に就任。好きな食べ物は……おおっと意外だな、プリンだってよ。あと彼氏はいなくて、」
「そんくらいにしとけよ、先生こっち見てるぜ」
「え」
「え、じゃねえよ」
 サッカー部が練習しててなんで顧問がいないと思ってんだこいつは。いつの間にやら取り出していた手帳を慌てて鞄にしまい、あまりにもわざとらしく山岡先生に向け、お辞儀した。
 だから、俊喜に合わせて頭を下げたあとに言ってやる。
「山岡先生、ボクはとっても怪しいです」
「たぁだしー、お前ほんっきでその性格直したほうがいいぜ?」
「お前が言うなよ」
 校門に差し掛かる。しばらく教室で俊喜が伸びていたのもあって、当たり前のように新入生たちの姿はない。何人かの上級生と思しき生徒たちと、
「――なあ、正」
「あん?」
「何であんな小さい子が入ってきてんだ?」
「俺に聞くなよ」
 私服姿の、中学生くらいだろうか。
 そういった雰囲気の少女が鼻歌まじりに、正門からとてとてと入ってきていた。

「どしたの? ここ高校だぜ?」
「え? そうですけど……」
「兄ちゃんか姉ちゃんでもいるの?」
「そ、そうじゃなくて」
「なんだよ、なら勝手に入ると怒られちゃうぜ?」
「怒られるっていうかですね、えと、」
「どこの子? 迷子ってわけでもなさそうだし――」
「――俊喜」
 少女と俊喜のやり取りを見るに見かね、つい割って入る。
 噛み合っていないにもほどがある。
「ここが大笠高校だってことはわかってるみたいだけど」
「そ、そうです! ここの教師です!」
 教師。――教師?
 俺の身長は165cm。そう高いほうでもない。が、この自称教師は頭が俺の胸にぎりぎり届くかどうかというところ。いや、別に背だけだったらそれほど問題ないのかもしれないが、
「いや、ちょっとその冗談面白い」
 思わずそう俊喜が口走ってしまうほどに、顔つきが幼い。
「じょ、冗談なんかじゃありませんよぅ!」
 うん、まぁ、何と言うか。
 威厳がまるでない。
 思わず俺と俊喜とで見合う。果たして彼女の言葉をどのように受け取ってみたものか。
 やがて少女の顔がゆがむ。泣き出すかと思った次の瞬間――
「た……たかちゃぁぁん!」
「たかちゃんって呼ぶな」
 その声とともに、
 ゴッ! ゴツッ!
 ――目から火花、ってのは多分こういうことを言うんだと思う。
 降って来たのは拳骨。
 いつの間にか、俺らの後ろに山岡先生がいた。

☆ツンギレインデックス☆→ツンギレメモ